深い心が厄介な存在になる時
気持ちが後ろ向きになった時、どうやって対処すればいいのでしょうか。
沈みやすい人の対処法、向き合い方といいますか、あるんですかね。どうなんでしょう。
皆さんご存知の通り、気持ちが深い我々は沈んだ時とても厄介な存在に成り果てます。
たとえ誰かが相談に乗ってくれていたとしても際限なく落ち込み続けてしまうのです。
なぜなら私たちにも非があった、とかそんなことを気にしてしまう自分が嫌いだ、とか自分の思考回路をこじらせる傾向があるから。
同じ目にあっても、ひどいことがあったんだよもっと大事に扱ってくれてもいいのにと言える友人が眩しいです。
これを書いている今こそ人付き合いはそう多くありませんが、私にもサークルに属し人と沢山接していた時期がありました。少なくとも辞めずに続きはしたのです。
そこでよく人の相談に乗っていたのですが、相手も私を選ぶのでしょう、この人だったら否定せずに聞いてくれる的なポジションにいるのかなとたまに思う事がありました。
中高でもそういう子はいたので、そういう人を引き寄せるんだろうなという自覚自体はすでにありました。HSPとしてはあるあるらしいですね。
ともかく、「私にだから」話すのであろう弱音や愚痴というのがたまにあったのです。
もちろん、心を開いてくれている故と考えると悪くない気もします、
ただそういう話はやはりしんどい。ずっと聞いていると疲れてしまうのはこちらです。
その子も基本的には繊細ないし優しい子なので、本質的には似た者同士なんです。
ミイラ取りがミイラ、もといエナジーバンパイヤ取りがエナジーバンパイヤになってしまうメカニズムと言えるでしょう。
そういうのスパッと切れる人になるのはなかなか難しいです。
私たちは自分より心が浅い人の悩みは聞けますが、その逆はできません(年齢も関係するかもですが)。
しかし落ち込んだ時等しく人は自分で自分の機嫌を取る必要があるのです。
正直不平等だなぁと思うことは少なくありません。
それでも機嫌を取るにはどうしたらいいか。
好きなものがあってそれをやる、
寝れば解決する、
美味しいものを食べる、
人の数だけ答えがあるでしょう。
個人的には守るものの存在かなと思っています。
例えば今日のプレゼン失敗しちゃったけど明日また8時に起きなきゃなぁとか
子供がいれば明日のお弁当作るために今日はもう寝なきゃとか
毎日の生活のルーティンにあたる存在です。
今私は就活中で仕事を探している最中なのですが、そういう自分を立て直すものが無いんですね。
これはとても辛い。
今までずっと忙しくしてきた理由がなんとなくわかった気がします。
ルーティンの無い空白の期間を設けるのがとても怖かったんです。だって自分を支えられなくなってしまうから。
だから向いていようがなかろうがする事が無くなる事に比べれば忙しい方が幾分マシだったんですよね。
でも今は現に存在しない。
うーん、その居心地の悪さに抗う方法はないものか…
そう思うと、自分に相談をふっかけてきたあの子たちの顔が思い浮かんできました。
あの子たちも追いつめられてたのかな。
私が疲れてる事に気づけない程頭の悪い子ばかりでもなかったもんな。
相談に乗る私はどう映ったのだろう。
話すことで少しは救われたのだろうか。
答えは彼ら彼女らのみぞ知ることです。
私が想いを馳せるべきは、
ただ、人を疲れさせる人になってはいないか、
その疲れを味わった者として人に同じ思いをさせたいか、
そこだけでいいのかもしれません。